「そそぐ」のサイトウです。
今回は僕にとって最初の投稿になりますので、「そそぐ」以前にどんな経歴だったのかを簡単に書かせていただくことにします。
幼少時代に特筆すべき点は、色白・小柄(小学校卒業時に133㎝)でかわいかったことと、足が速かったことです。
飲食店キャリアスタート
アパレルの販売員を経て、BARで働き始めました。
最初は調理メインでしたが、バーテンダーの所作に憧れて教えを請い、カウンターに立ちました。当時(1990年代半ば)はカクテルが人気でしたので、おいしいカクテルを提供するため、透明のシェーカーに小豆と米を入れてきれいに混ざるようシェークしたり・・という修行もありました。時代を感じるエピソードかも知れません。
それまで飲む習慣がなかった僕は、お酒の世界を知ろうと懸命に勉強しました。
その当時は、お酒に関してのマニア的な知識や高級なお酒、格式の高いBARへの憧れが強くあったと思います。
「作り手」と「注ぎ手」
働いていたBARが閉じることになり、常連のお客様に「うちに来てみないか」と声をかけていただき、そのお店(ベルギービールの専門店)に伺いました。
海外のビールと言えば、バドワイザー等のピルスナー系しか知らなかった僕は、ベルギービールの味に衝撃を受けました。瞬間的に「他の人にも味わってほしい」と思い、ベルギービール専門店で働くことを決めました。
ベルギービール専門店で出会った先輩(心の中では「師匠」と呼んでいます)は、「自分たちは『注ぎ手』だ」といつも話していました。
師匠の言葉と並行して、僕自身以下のような経験をしました。
- ウイスキーにはまる
カクテル流行りの時代に出あったバーボンだけでなく、スコッチ(特にアイラ)にドはまりしました。バーテンダーの腕が味を大きく左右するカクテルと違い、生(き)のお酒を生かす飲み方が増えたことで、より「作り手」の存在を意識しました。
- ベルギービールの「作り手」に会う
勤務先の研修で、ベルギービールの醸造所を訪問する機会がありました。
「作り手」のこだわりに直接触れる機会を得て、改めて「自分は『注ぎ手』としてここのビールをお客様のグラスに届けたい」と思いました。
ベルギーの田舎にある醸造所近くのブラッスリーで飲んでいる時に、地元の人に話しかけられ、「僕らはあそこの醸造所のビールを日本で売っていて、研修に来ています。」と伝えたところ、「そうかそうか。日本がどこかよくわからないけど、俺たちの地元のビールを広げてくれてありがとう。飲もうぜ!」と感謝され、「僕がベルギービールのおいしさを日本に広げたい」とエバンジェリストとして使命感を帯びました。
そうして働いた結果、2002年に”アジアで最もHoegaarden(ヒューガルデン)を売った人”としてベルギーから表彰を受けました。これは「色白でかわいかった」「足が速かった」に並ぶ、僕の数少ない自慢の1つです。
お酒の楽しみ方は自由
お店のホームページには「ブリュッセルから赤羽まで。お酒の楽しみ方には優劣も正解不正解もない」と書いています。「ブリュッセル」は僕が長く携わったベルギーの首都から、「赤羽」は20代前半に足繁く通った街から名前をピックアップしました。
憧れのBARに行く一方、予算の兼ね合いもありお財布にやさしい赤羽でよく飲んでいました。朝から皆がワンカップ日本酒を飲む光景は衝撃的でしたが、「兄ちゃん、このちくわ食うか?」「じゃあいただきます。」とわいわい飲むのも楽しかったです。
こんな経歴の中でたどり着いたのは「飲み方に優劣も正解不正解もない」と言うこと。
「飲み方」に興味をもって調べたり自分で試したりし、お客様にそのお話をすると「へー、やってみたいなぁ」と興味をもっていただけました。
縁あって福岡でオープンする「そそぐ」では、僕が研究した「飲み方」を話すだけに留まらず、実際にお客様にご提供したいと張り切っています。
そそぐHP: http://sosogu.jp